寛容な社会をめざして

ナチュラルライフサポートダイアリー~社長の日記~

来る人、去る人
2018.04.07ダイアリー

来る人、去る人

春本番です。

木々が芽吹き、花が咲き、辺りが急に華やぎだしました。

そんな中、年度末ともあって、転勤やら転職やらとせわしない人が多いですが、わが社も例外ではありません。

そんなことで、しばらくは慌ただしい日々が続きそうです。

 

近頃、偉そうな態度の人が増えていませんか?

政治家は特にひどいですね。

しばらく影を潜めていたのに、またゾロ出てきたなという印象です。

皆が皆最初からそうではないと思うのです。

それがいつしか気が付いたらそんなことになっていたと?

弱きを助け強きを挫くつもりでいたのに、忖度やらの処世術が巧みになり、もはや引き返せないことになっていたというのでしょうか。

未来を担う子供たちのために、まず大人が身を正さねばと思うこの頃です。

 

先日、新聞に「いまや日本は階級社会」という記事が出ていました。

何でも決めつけるような論調は好きじゃないのですが読んでみると、いまや日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で形容すべきものでなく、それは明らかに「階級社会」だというのです。

それはまず、資本家階級(従業員5人以上の経営者や役員ら/全就業者に占める割合4.1%/平均世帯年収1,060万円)があって、

次に新中間階級(被雇用の管理職、専門職、上級事務職/全就業者に占める割合20.6%/平均世帯年収798万円)があり、

その次が労働者階級(被雇用の単純事務職、販売職、サービス業/全就業者に占める割合35.1%/平均世帯年収630万円)、

旧中間階級(自営業者と家族従業員/全就業者に占める割合12.9%/平均世帯年収587万円)と続き、

最後にアンダークラス(パート、アルバイト、派遣社員/全就業者に占める割合14.9%/平均世帯年収343万円)となるのだそうです。

 

働く人の15%が「アンダークラス」という何とも嫌な響きの言葉で表現していました。

このクラスの貧困率が深刻で、特に女性。

男性でもこのクラスの未婚率は66.4%だそうで、結婚しても生まれた子供が十分な教育を受けられないと貧困の再生産になってしまい、そしてこの子供たちは親の生活を脅かす存在にもなり、社会への不満が大きいので社会全体に暗い影を落とすことになると。

この格差が拡大すると社会が分断され、犯罪や病気の発生率が増えることが世界的な研究から明らかになっっているそうです。

アンダークラスの増加が格差拡大の最大の原因の一つなのだというのです。

 

それなのになぜその格差はここまで放置され続けたのか、大きな理由の一つは「自己責任の概念の誤用」とのこと。

因果応報という言葉があるように、日本人には馴染みやすい言葉でもあり、もともとはリスクの高い金融商品を扱う際に出てきた言葉だったのに、それが「社会に迷惑をかけるな」になり、そしていつの間にか格差と貧困の問題に使われるようになったと。

特に上層階級の人たちの間で、自分の今の地位は努力の成果であり、貧困になるのは努力が足りないからだという意識が広まっているとのこと。

「努力だけでなく、その時の経済情勢や社会環境、そして偶然が大きく影響しているはずですが」と指摘しています。

政府は所得再配分に否定的な人たち富裕層に軸足を移した政策を進めているが、本当に必要なのは、家庭環境や経済状況によって「転落」した人を救える仕組み作りや、格差を縮小する政策だと結んでいますが、全く同感ですね。

 

人を仕事と収入だけでランク付けするのはいかがなものかとも思うのですが、いつの時代にも金持ちも貧乏な人もいるわけだけれど、大多数が中流階級だった時代には今ほど目立たなかったということなのでしょうね。

その中でも少ない割合の中小企業の社長などという人は、会社勤めのできない変人が多いわけで、私もまぎれもなくその類でしょう。

私などは会社勤めの前に学校生活すらままならず、最初に就職した造園会社の後はアメリカへ渡り、帰国後はいろんな会社に勤めるのですが長く続かず、それがキャリアアップになっているならまだしも自分探しに夢中になっているだけなのでどんどん収入は減ってくる、借金は増える、それならと小説家を志すに至ってはとうとう妻にも愛想をつかされる、気が付くと小学生の娘と二人きりで、ようやく現実を見るようになった時には目の前が真っ白になり、両足の太腿におびただしい吹き出物ができて、心身ともに苦しかった。

よくよく考えてみたら、自分が自信を持ってやれる仕事は庭師しかないと気付き、といって会社勤めは無理なので一人でやるしかない。

アメリカ方式の週1回の庭の手入れは日本では無理なので、ならば月に1回でどうだろうと考え、手書きのチラシを配ってみるとすぐに反応があり、とはいってもそれだけですぐには食えないので、朝夕の新聞配達と平日の昼間は弁当配達の仕事をやり、土日の昼間に庭師をやるという年中無休の生活。

そのうちお客様の口コミと、タウン誌が記事を書いてくれたおかげで仕事が増え、弁当配達をやめ、その後新聞配達もやめて、庭師だけで食えるようになるのに1年以上かかりました。

その間は、家事もやり、育児もやりでしたから、肉体的にも精神的にもきつかった。

何とか自営でやれるようになったけれど、自分には何かが決定的に欠けていると気付き、自己啓発本や歴史書の類などを読み漁り、実際に試したりしたのだけれどうまくいかず、それがある時急に眼が開いて、近所の屋根に十字架がある小さな建物に入っていった。

そこから大きく人生が変わることになろうとは、分からないものですね。

 

「おてんとうさまが見ているよ」とか「亡くなった〇〇が悲しむぞ」とか言って、私たち日本人はそういう目に見えない尊い存在を恐れ敬う文化があったはずなのに、近頃の政治家などの言動を見ていると、そんな気の持ちようは微塵も感じられませんね。

しかし指導的立場にいる人間は、自分の地位は自分が誰よりも奮闘努力した結果だなどと驕り高ぶってはいけないと思います。

大企業に勤めるなどそれなりの地位にいる人の子供が、景気悪化に伴う採用減でアンダークラスに転落し抜け出せないなどというケースは珍しくないそうです。

ですから決して他人事ではないですよね。

本当に人生は紙一重だなと思います。

私も自分なりに努力はしたけれども、少なくとも今の自分があるのは、師を知り、その師を通して神を知り、その神様が転落し溺れかけていた私を憐れんで救ってくださったおかげと心しています。

時々調子に乗ってそのことを忘れそうになるのですけれど。

それを偶然と呼んでもいいし、幸運と言ってもいい。

師はこう言います。「私がしたようにあなた方も仕え合いなさい」と。

「私がしたように、互いに愛し合いなさい」と。

 

貧困と格差、さらに階級などという嫌なものを私たちの間に作らないようにするには、

まずそうした壁を自分自身で作らないことでしょう。

私はここまで、あなたはあっち、という風に。

 

それから相手の立場になって考えてみることでしょうか。

立場が変わると見えるものも違うことがあるのですから。

 

去る人、来る人、皆さんの健闘を祈ります。

最新記事

  • 来る人、去る人 2018.04.07

    来る人、去る人

    それなのになぜその格差はここまで放置され続けたのか、大きな理由の一つは「自己責任の概念の誤用」とのこと。 因果応報という言葉があるように、日本人には馴染みやすい言葉でもあり、もともとはリスクの高い金融商品を扱う際に出てきた言葉だったのに、それが「社会に迷惑をかけるな」になり、そしていつの間にか格差と貧困の問題に使われるようになったと。 特に上層階級の人たちの間で、自分の今の地位は努力の成果であり、貧困になるのは努力が足りないからだという意識が広まっているとのこと。

    続きを読む
  • ガーデナーの季節 2018.03.08

    ガーデナーの季節

    カリフォルニアの気候に合うケンタッキーブルーグラスの芝生はよく伸びるので1週間に1度は刈らないといけません。 アメリカの典型的な住宅街は道路が広く整然としていて、そこから家までは芝生の前庭になっています。 その芝生が隣よりも青いかどうかはとても重要です。 見事に青い芝生の家はよいガーデナーを雇っている証拠です。

    続きを読む
  • 幸せな結婚 2018.01.30

    幸せな結婚

    近頃は結婚しない人が増えているそうですね。 コスパが悪いのだそうです。 自分の描く幸せな人生に結婚は必要ないと考える人が増えているのだとか。 だけど子供はほしいので、精子バンクと体外受精で我が子を得るのが理想的だと。 そのためには何といってもお金がいる。 なのでお金が最優先になるというわけです。

    続きを読む